
方丈記のこと全然知らないけど大丈夫かな?と思っていましたが、全く問題なかったです。
13世紀初頭に鴨長明によって書かれた随筆『方丈記』には、移ろい続ける世の無常を前にした人間の生き方が記されています。彼が暮らした庵は現存しませんが、その言葉は時代をこえて度あるごとによみがえり、多くの実践を生み出してきました。文学作品でありながら、住まいの本質を問うものとして、しばしば「真の建築書」とも形容される所以です。
本展は、『方丈記』に記された小さな建築「方丈の庵」を起点に、現代の暮らしと構築環境を見つめ直す展覧会です。(公式サイトより)
方丈記と小さな住まい
方丈記…学生時代に教科書に載っていたな、鴨長明という名前はわかる。私の知識はこれくらいでした。
方丈記の構成、前半は火災や地震や飢饉などに揺れる都の姿を著者の視点で捉えた内相、後半は都を離れて山の中の小さな住まいで暮らした著者の日々をつづったもの、といような感じだそうです。ざっくり二部構成ということでしょうか。
方丈記をしっかり読んだことがないので想像なのですが、まるでせかせかした都会暮らしに疲れて人里離れた場所に住まいを移す現代人…みたいですね。そういう人がどれくらいいるのかはわかりませんが。

多くを持たず山の中の小さな住まいで日々を過ごしていた晩年の鴨長明の達観した暮らしぶりは、今も昔もたくさんの影響を与えているそうで、昔のエッセイという一言では語れないくらい様々な視点で読み解かれてきたのだそうです。
上の写真のように、展示会場には靴を脱いで上がることができる小さなここだけの「庵」がたくさんあります。一丈四方(約9㎡)のスペースに現れる多様な空間。実際に上がってみて、こんなに狭いのか…でも結構落ち着くかも、なんて物思いに耽るのも良いかもしれません。
住まいと自分

相変わらず行ってみないと何もわからない企画展でしたが、会場で方丈記やそれをきっかけとして生み出された「庵」を見ていくうち、自然と自分の住む家について考えていました。
この展覧会、行くと確実に自分の住まいについて考えることになると思います。世の中にはいろんな住まいがいろんな場所にあって、こだわりがある人もいればない人もいると思いますが、住まいは生きることと直結した要素で、どうやって生きていきたいかということにも繋がってきます。
自分はどんなところに住んで、どうやって生きていきたいのか。会場を出る頃はそんな壮大なことまで考え始めていました。こういうことって普段あまり考えないんですよね。全然上手く書けませんが良い企画展だったと思います。
結局どう生きたいのか

(この施設らしい企画展だったようにも思いました。)
私は一人でいることがあまり苦にならないタイプ(だと自分では思っている)ですが、それなのに人混みもそんなに嫌いではないという…。人が多いところで一人でいるのが好きということになります。なんて贅沢なんだろう。意味がわからない。
ゆっくり生きていきたいというぼんやりしすぎた願望はあるものの、好きなことややりたいことが多すぎて常に追われている感覚があるのも事実。もうずっと暇という感覚がわかりません。そんな風に思ったことがないです。常にやりたいことで溢れている、なのにゆっくりした日々に憧れているんです。
結局どういう生き方をしたいのか、わからなくなってきました。やりたいことは山ほどありますがお金と時間と体力が足りないと感じてしまいます。足るを知る…という感覚が足りないのでしょうか。
人の生き方は色々あって良いはずなのに、よい生き方はこんな感じ!だと社会に思わされている、みたいなこともあるかもしれません。決まった型があるかのように。
鴨長明に聞いてみたいです、現代の日本と生き方について。そんなことを考える行為自体を拒否されてしまうかもしれませんね。
21_21 DESIGN SIGHT | 企画展「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」
スープはいのち
そのとき、どうする?展
ゴミうんち展
未来のかけら: 科学とデザインの実験室
もじ イメージ Graphic 展
Material, or
The Original
「2121年 Futures In-Sight」展
ルール展
トランスレーションズ展
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