ルイーズ・ブルジョワ(1911年パリ生まれ、2010年ニューヨークにて没)は、20世紀を代表する最も重要なアーティストの一人です。70年にわたるキャリアの中で、インスタレーション、彫刻、ドローイング、絵画など、さまざまなメディアを用いながら、男性と女性、受動と能動、具象と抽象、意識と無意識といった二項対立に潜む緊張関係を探求しました。
ブルジョワの芸術は、主に自身が幼少期に経験した、複雑で、ときにトラウマ的な出来事をインスピレーションの源としています。彼女は記憶や感情を呼び起こすことで普遍的なモチーフへと昇華させ、希望と恐怖、不安と安らぎ、罪悪感と償い、緊張と解放といった相反する感情や心理状態を表現しました。(公式サイトより)
強い感情がまざまざと伝わってくる作品の数々。観ていて疲れる展覧会でした。でも、行って良かった。心からそう思います。
六本木の蜘蛛
六本木駅の近くには大きな蜘蛛がいます。この作品のタイトルは《ママン》。作者はルイーズ・ブルジョワ。恥ずかしながら知りませんでした…というよりあまり興味がありませんでした。こういう街の中にあるアートの作者について意識することが今までほとんどなかったもので…。
数か月前に森美術館の予定をチェックしている時、六本木に行った時にほぼ必ず目にするこの蜘蛛の作者の個展をやると知り、お~ちょっと気になるな~となったことが今回足を運ぶことになったきっかけです。
本当に行って良かったと思っているので、ここに彼女のアートを設置してくれてありがとうございますと言いたいです。これがなければ私はこの展覧会には行かなかったと思います。
生きるための芸術
森美術館は広いのでどんな展覧会だったとしてもボリュームがあって疲れるのですが、今回はいつも以上にものすごく疲れました。理由は明らかで、ルイーズ・ブルジョワの作品から出ている強い感情…それらを浴びすぎてしまったからです。
上の写真のように、会場には彼女が残した言葉がいくつか紹介されていました。作品の間に挟まれるこれらが良い味を出していて余計に疲れる。でも、すごく良い演出だと思いました。
(ルイーズ・ブルジョワ 「かまえる蜘蛛」 イーストン財団所蔵)
ブルジョワは蜘蛛を「糸で傷を繕い、癒す修復家である一方、周りを威嚇する捕食者でもある」と説明し、それを母性と重ねて考えていたそうです。
また、女性性、男性性、どちらが〇〇である!といったような「固定観念」を否定していたそうで、例えば女性器と男性器の両方を有した彫刻があったり、母性の優しさと攻撃性の両方を表現する作品があったり…。理解するのが難しいと感じる作品も数多く展示されていました。
母親との関係、父親との関係、幼少期の複雑な家庭環境を経て様々な負の感情を抱いたであろうブルジョワ。到底私が想像できるようなことではありませんが、他人の体験なのにその苦しみや叫びのようなものが伝わってくるような気がして、どっと体が重くなるような感じがしました。
ブルジョワの作品からは、自分の苦しみを世間にわからせたい!という承認欲求のようなものを一切感じなかったのも、鑑賞後の疲れの原因のような気がしました。
本人にしかわからないことだとは思いますが、アーティストとして認められたいという気持ちなど全くなく、とにかく作品を作らなければ死ぬ、という心境の中で制作していたのではないかと。私はブルジョワの作品を観て強くそう思いました。
(ルイーズ・ブルジョワ 「ヒステリーのアーチ」 イーストン財団所蔵)
芸術とは
私は、芸術とは何かという深い問いにずっと興味を持ち続けています。きっと一生答えは出ないだろうなとも思っていますが、だからこそいろんなアーティストの作品に触れ、いろんな考え方に触れることが面白いです。
アーティストと呼ばれる人たちの考え方は千差万別で、作品で表現したいことも様々。正解なんてない世界ですが、やはり好みはあります。
この展覧会に行って気付いてしまいました。私は「作品を生み出さなければ生きていられない」というくらいの…ブルジョワのようなアーティストに魅力を感じるようです。
美術という言葉がありますが、美しいだけが芸術ではないです。その人にしか生み出せない作品。感情を感情以外の方法で外に出し芸術として昇華する。これはおそらく人間にしかできない…非常に人間らしい営みだと感じます。
しかし苦しみを抱えた人間誰もが芸術を生み出すことができるかと言えばそれは全くそんなことはなくて、そう考えるとブルジョワは恵まれていたのかも…と少し思いました。彼女の家庭は裕福だったそうだし学校に通って美術を学んでもいる。大人になってからは自分の家族(夫や子供)にも恵まれています。
子供の頃の複雑で嫌な記憶があったからこそブルジョワの芸術は生まれているわけですが、それらを生み出すための環境があって…いや、ブルジョワがそういった環境を大人になってから手にしてくれて良かったなと思いました。
安らかに…
98歳で亡くなるまでずっとアーティストだったというブルジョワ。作品に黒や赤が多いなと思いましたが晩年の作品には青が出てきていて、攻撃的な雰囲気もなくなっているように見えました。彼女の心の変化なのかもしれません。
( ルイーズ・ブルジョワ 「無題(地獄から帰ってきたところ)」 イーストン財団所蔵)
本展の副題「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」はハンカチに刺繍で言葉を綴った晩年の作品からの引用です。(公式サイトより)
地獄から帰ってきてなお作品を作り続けたルイーズ・ブルジョワというアーティストを知ることができて本当に良かったです。死後の世界があるかはわからないけれど、そちらの世界はどうでしょうか。少しは楽になれているでしょうか。そちらではもう作品を作っていないかもしれませんね。
彼女がこの世に作品を残してくれたことを嬉しく思います。2024年、現時点で一番行って良かったと思う展覧会となりました。
ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ | 森美術館 - MORI ART MUSEUM
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