フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)ほど日本人に愛されている西洋画家はいないかもしれません。《ひまわり》をはじめ、《黄色い家(アルルのゴッホの家、ラマルティーヌ広場)》、《アルルの寝室》、《糸杉》、《自画像》、《星月夜》など、よく知られた作品が多数あります。
ファン・ゴッホが見た世界を追体験する体感型デジタルアート展を開催します。会場の壁と床360度に投影された映像と音楽で、彼が見た世界を再現しながら、情熱的な画家の人生を辿ります。(公式サイトより)
ゴッホと私(前置き)
約2年前に行った「ロンドンナショナルギャラリー展」で、ゴッホの「ひまわり」を観ました。圧倒的な存在感と満ち溢れる自信に「これが…有名な絵が放つオーラなんだ!」と思いました。
その後、1年ほど過ぎてから行った「ゴッホ展―響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」では、ゴッホの生涯についてざっくりと理解しました。幸せな人生とは言い難いな…と思いながら鑑賞した「夜のプロヴァンスの田舎道」が持つ寂しさと美しさに惚れました。この時から、自分はゴッホの作品が好きなのかもしれない、と思い始めました。
それ以降に行った展覧会(「印象派・光の系譜」「メトロポリタン美術館展」「自然と人のダイアローグ」)でも、良いな~好きだな~と思う作品はゴッホばかり。気付いたらすっかりゴッホファンになっていました。
デジタルアート空間
そんな私がゴッホのデジタルアート展を体験してきました。このような展覧会に行くのは初めてです。角川武蔵野ミュージアムというこの施設にはデジタルアートのための空間が用意されています。以前は葛飾北斎についてやっていて、今回はゴッホというわけです。
すべての壁と床がシームレスに繋がっている空間で、公式サイトでは「全身で浴びるアート没入体験」と紹介されています。アートを浴びる…良い響きですね。初めてこのような場所に来た者の感想としては、天井にも映像が映っていたらもっと没入感があったかもなぁと思いました。
また、思ったよりさっぱりした空間だなぁという感想も抱きました。もっといろんなところに柱があってその柱にもいろんな映像が映し出されるのかなと勝手に思っていたのですが、割と平坦な印象を受ける空間(部屋)でした。
ゴッホの作品に合う音楽を考える
映像は30分間でゴッホの生涯をざっくり辿るような感じで、ただの作品紹介ムービーではなく、絵画は本来動かないものですが、映像では月がゆらゆらと動いていたり水が波打っていたり、様々な演出が入ります。作品の現れ方や次の場面への繋ぎなども工夫されていて、ゴッホを使った30分間のひとつの映像作品という感じでした。
ここで注目したいのはやはり音楽!30分間音楽鳴りっぱなし!デジタルアートという作品における音楽の重要性をひしひしと感じました。というのも、使われていた音楽が私の解釈と違うな…と思うことが少々あって…(厄介オタクモード発動)。
クラシックからジャズまで、いろんな名曲が使われていたのですが、「ひまわり」が映像で流れている時にかかっている音楽がスメタナの「モルダウ」だったんですよ。モルダウは大好きな曲ですがゴッホのひまわりのイメージと合う…か…???と思いました。
もうひとつ、「星月夜」など夜の風景が描かれた作品群が流れている時にかかっていたドビュッシーの「月の光」も若干の解釈違いが…。月の光も大好きな曲ですが、この曲はあまりにも美しすぎて影の要素がほとんどない気がするので、時に陰鬱で混乱していて寂しさを感じるゴッホのあの時期の作品と合わせるのはちょっと違うような…と思いました。私はゴッホの絵が持つ異様な寂しさと死がすぐ側にあるような不穏な美しさが好きで、そう考えるとやっぱり月の光は綺麗すぎるなぁと思います。
じゃあなんの曲だったら良かったんだよ!という話になると思うので、自分の知っている曲の中から必死に探してきました。この曲なんてどうでしょう。↓
The Two Lonely People - YouTube
ビル・エヴァンスの曲です。寂しさ、切なさ、不安定さ、そして美しさ…好き。結局自分の好みの曲を選んだだけな気もしますが、私はゴッホの星月夜をこの曲と共に暗い部屋で一人で鑑賞したいです。
絵画作品に音楽を合わせるのって大変なんですね。ほかのデジタルアート作品はどうなのかわかりませんが、大音量で流れる音楽に鑑賞者の感情は大きく引っ張られると思うので重要な要素だと思います。
やっぱり本物が好き
やっぱり本物の絵画が観たいな、というのが全体を通した私の感想です。なかなか体験できない空間で不思議な気持ちになったし良いものを見た~とは思いましたが、そこに映っているのは言ってみればただの切り貼りされた映像で、ゴッホの特徴的な筆の動き(?)もあまり感じられず、何より本物を目の前で観た時のような心動かされるあの感じがこの展覧会にはありませんでした。(個人の感覚的な話ですが…)
謳われている没入感も私はそこまで感じることができず、以前「ひまわり」や「夜のプロヴァンスの田舎道」をこの目で観た時のほうがよほど没入できていたような気がします。何かに没入するというのは鑑賞する側の心の問題で、周囲の空間はあまり関係ないのかもなぁと思いました。
そもそもこの展覧会を手掛けたアーティスト・ジャンフランコ・イアヌッツィ氏は、没入型展覧会について「観客はただ見ているだけではなく巨大なステージ上の登場人物だと感じてほしい」という旨のコメントを寄せています(会場にコメントがありました)。
ゴッホの作品の中に入りたいとはあまり思わないし登場人物になりたいとも思わない私とは、コンセプトの段階から少しズレが生じていたのかもしれません。
もうこの世にはいないゴッホが自分の作品をどう鑑賞してもらいたいか、わかる者は誰もいません。ゴッホが世界をどう見ていたのかはゴッホにしかわかりません。だとしたら各々が好きなように鑑賞して好きなように楽しむ、これはこれで良いのかもしれないですね。
それにしても、この展覧会に行ったおかげでますます本物の「星月夜」を観たくなりました。死ぬまでに一度はこの目で…!
ファン・ゴッホ ー僕には世界がこう見えるー|角川武蔵野ミュージアム
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