前置き(クレヨンしんちゃんと私)
幼少の頃からクレヨンしんちゃんがとても好きで、(当時はビデオと言っていた気がします)家ですり切れるほどしんちゃんのアニメを見ていました。あの頃のしんちゃんは平気で下半身を出すし母親のことを名前で呼び捨てにしていた記憶があります。今はないですよねこれらの描写。昔からずっとアニメ放送を追い続けているわけでもなく、なんなら原作漫画のことはよく知らないし、いろんな大人の事情についてもわからないのであまりこの辺の「昔と今の違い」を語ることはできないのですが、それでも小さい頃の私はしんちゃんのアニメが大好きでした。そんな何十年も前のことを思い出しつつ、この素晴らしい映画について感想を語りたいと思います。
2001年公開(そんなに前なのか…)のこの映画、初めて見たのはDVDレンタルで自分が大学生の時でした。その時点で既に公開からかなりの年数が経っており、様々なところでこの映画が大絶賛されていることは知っていました。しかしあまりにも絶賛されていたので私の天邪鬼精神がモリモリと湧き出てきて、誰も彼もが良いと言う映画ってなんか怪しいんだよな…批判的な感想がほとんどないのも変な感じ…と思っていました。そして実際に見て感服しました(笑)絶賛される理由もわかったし、想像の100倍くらい素晴らしい映画でした。
映画館やレンタルで見て満足することがほとんどの私がDVDを買ってしまうほどでした。所持しておきたいと思った映画はこれまでの人生の中で数本しかありません。そんな気持ちになるまで心動かされた映画です。令和という新しい時代を迎えた今、久しぶりに見たいと思いました。そして改めて感想を書いてみようと。(ここまでは見る前に書いています)
本編の感想
ここからは物語に沿いながらダラダラと書いてみます。言いたいことは後半にまとめるつもりなのでサラッと。サラッと…になると良いな…。
冒頭から猛烈な「懐古」を見せ付けてきます。この映画は最初から最後までこれが重要なポイントになってくるんですよね…。オープニングのこの曲も懐かしいなぁ。
大人を楽しませるための施設である20世紀博で自分らが子供だった頃を懐かしみながら遊ぶひろしやみさえ(大人たち)を冷めた目で見ているしんのすけやひまわり(子供たち)。ここで大人と子供をはっきりと分けて描いていることがわかります。そして早くも心臓に刺さってくるセリフを風間くんが吐くわけですが、これについては後述します。話ズレますが現代でも20世紀博みたいな施設ができたらそこそこ流行るような気がします。そうなったらこの社会はどうなるのか…。この物語の中では、大人たちは洗脳により昔は良かったと必要以上に思わされている設定ですが、実際洗脳されていなくてもそう思っている現代の大人は多そうだなと思います。いませんか、昔は良かったが口癖の人。
ここでこの映画の悪役的ポジションのキャラが出てきます。過去の方が良い世界だったと信じ世界を20世紀に戻そうとする2人、ケンとチャコ。自分らの考える良い未来を求め独善的な方法をとる彼らですが、多くの人が言うとおり悪役と呼ぶのは少し違和感があります。彼らは彼らの考える正義を軸に動いています。本当の今に目を背け理想の未来を追い求める姿に何か感じずにはいられない…魅力的なキャラだと思います。
この映画、音楽の使い方が本当に卑怯ですよね!あえて昔の歌謡曲を使って徹底的に懐かしさを演出してくる。「白い色は恋人の色」…私この曲知らなかったはずなのに何故か懐かしいんですよ。なんだこれは。世代の人にはもっと刺さっていると思います。
大人たちがおかしくなって子供たちが頑張るターン。しんのすけは本当に格好いい男だよ…。このあたりの異様な描写が絶妙に怖くて、しんちゃんの絵柄でこういうことをされると本当に恐怖なんですよね(大好き)。安定のギャグシーンも普通に面白くて好きです。風間くん一人でツッコミやってて大変ですね頑張れ応援してるよ。デパートからカーチェイスのシーン、スピード感と爽快感があって楽しいです。マサオ君の将来がちょっと心配(余計なお世話)。
丈夫すぎる幼稚園バスとしんのすけたちの勇気ある行動(笑)により敵陣に乗り込んだ彼ら。ここから終盤までノンストップで進んでいきます。
ひろしの回想シーン
数分前までギャグやってた映画とは思えない急展開だと思うのですが、そんな切り替えのすさまじさにもかかわらずこのシーンの刺さること刺さること。敵側の洗脳方法が「におい」であることがそもそもの着眼点凄いなと感じます。人間が何かを懐かしいと感じる時、そこには香りがあることが多いような気がします。それを敵側は知っている。さらに凄いのが、ひろしの足は臭いというしんちゃんを知っている人には共通認識のような要素をここに入れてくること。懐かしいにおいにより過去しか見えなくなってしまっているひろしの洗脳が現実のにおいによって解かれるこの展開、本当に素晴らしいと思います。懐かしさと共に温かみを感じる音楽も最高に良いです。
この映画はクレヨンしんちゃんでなくても良いのではないかという感想を見たことがありますが、クレヨンしんちゃんでなければ駄目だと思います。私はいかにもなお涙頂戴展開や家族って素晴らしい系の物語は苦手です。ひろしの回想シーンはそのような私の苦手要素が詰まっている気がします。しかし不思議と嫌な感じがしません。それはセリフのない数分間のシーンが伝えていることが、これが人の幸せなんだ家族って素晴らしいんだというテンプレート的な幸せの押しつけとは少し違うからではないかと思います。このシーンを見た大人たちはひろしの回想に涙しながらも自分のことを考えるはずです。誰もが違った人生を歩んできた結果として今を生きています。ひろしのような人生でなくても、一人ひとりに歩いてきた人生がある。変な話、生きている人間ならば全員に突き刺さる可能性のある素晴らしい数分間、本当に凄い名シーンだと思います。
21世紀を手に入れろ
ひろし回想シーンのあとの野原一家とケンチャコの会話。すべてがグッとくるので全部書きたいくらいなのですが大変なことになるのでやめておきます。言ってみれば決戦前夜に敵と腹を割って話をしているようなものです。「夕焼けは人を振り返らせる。だからここはいつも夕方だ」というケンのセリフの渋さ。懐かしさとは何であるか、その魔力のような力を他の人よりも知っていそうです。だからそれを使って大人たちを洗脳することができた。ケンは野原一家に与える必要がないはずのチャンスをここで与えます。彼は自分と違う未来へ向かって行こうとする野原家のような存在を知っていながら認めたくない自分に気付いているような気がします。考え方が違う存在がどこまでやれるのかを試すと同時に、自分の考えが正しいかどうかも試したくなったのかも…と私は思いました。
エレベーターを使い楽々とタワーの上に上っていくケンチャコと、ひたすら階段を使い様々な障害を乗り越えながら上に上っていく野原一家、これも何かの対比でしょうか。未来を掴む(取り戻す)ために奮闘する野原一家、そして最後まで諦めないしんのすけの姿、極めつけはあの音楽。私はこのシーンを涙無しに見ることができません。何回見てもここで泣きます。典型的な俺のことは良いからお前は先に行け!という展開なのですが、音楽の力が効果的に効きすぎてこれ以上ないくらい熱いシーンです。しんのすけは前に進むしかない、そうです過去ではなく未来に進むしかないんです。ここで流れている曲、タイトル「21世紀を手に入れろ」といいます。最高でしかない…。
この後のしんのすけのセリフ、もうここには書きません。いろんなことに気付かせてくれてありがとうと言いたいです。
ラスト。「今日までそして明日から」というこれまた昔の曲が流れます。この曲がまた素晴らしくて、よくこんなに映画にピッタリな歌詞の曲を見つけてきたなと思いました。興味がある方もない方も歌詞を調べてみてください。この映画のための曲と言っても過言ではないくらいマッチしています。(ちなみにエンドロールの時の曲も素敵です)。最後にしんのすけが言う「おかえり父ちゃん母ちゃん」もサッパリしつつ重みがあってとても好きです。
良い映画に出会えて良かったと心から思います。悲しみでもなく怒りでもない、言葉にし難い涙が流れる映画は名作だと(勝手に)思っています。もう何度も見ているのですがやっぱり素晴らしい名作です。
まだ続きます。
【懐かしさが持つ力】
最初の方で、まるで子供のように昔のおもちゃにハマって遊んでいる大人を見て違和感を覚える風間くんが「懐かしいってそんなに良いものなのかなぁ」と言います。これ、凄いセリフです。風間くんのような5歳の子供がこれを言うんですよ。そしてその後にネネちゃんが「やっぱり大人にならないとわからないんじゃない?」と。これも凄い。そう、過去を懐かしむなんてことは子供はしないのです。大人しかしないのです。
懐かしさと闘わねばならない映画が他にあるだろうか…そんなことをどうしても考えてしまいます。へたな敵よりよっぽど強そうです。私がこの映画を初めて見た頃、世間はレトロブームというか、懐古ブームが起こっていたように思います。名前は出しませんが昔は良かった系の映画がかなり流行っていたことを覚えています。それらのブームが悪いこととは言いません。しかし私は、過去は良かったと認めた上でその先の希望を見せてくれるようなこの映画が大好きです。
【懐古主義】
「昔は良かった」と、思ったことがある人は多いと思います。私もよく思います。しかし久しぶりにこの映画を見て改めて思ったのは、過去は過去でしかないということでした。過去は美しければ美しいほど強烈に記憶の中に残っていて、しかも大して美しくなかった過去でさえも人間は美化する傾向にあると何かで見たことがあります。だから多くの人間は昔を懐かしみ昔は良かったと言うんですよね。重ねてきた年数が多いほど、つまり大人になればなるほどこの懐古主義的な傾向は強くなっていくのだと思います。
何度も書いてしまってアレですが、過去を懐かしむのは大人だけです。未来を掴むための最後の鍵となるのがしんのすけという5歳の「子供」である構図がこの映画の本当に素晴らしく感動的なところだと思います。子供には未来があります。本当は大人にもあります。しかしあまりにも美しくそれでいて厄介な過去の思い出により、大人は未来より過去を重視してしまうことがあるのかもしれません。過去は過去でしかありません。未来のために今を生きることしか人間はできません。そんな忘れがちな大切なことを、5歳児に教えてもらいました。
これまで生きてきた自分のことを思いながら、その上で今を生きよう、明日からも生きよう、と私に思わせてくれる映画。それがこの作品です。人には好みがあるのでガツガツと映画を薦めるのはあまり好きではないのですが、この映画は一人でもたくさんの人に見てほしいなと思います。20年近く前の映画という事実に驚きますが、おそらく永遠に語り継がれるであろう日本のアニメ映画の最高峰だと思っています。私自身も今後人生の節目にこの映画を見て、この感覚を思い出したいと思います。
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